月刊タウン情報トライアングル7月号にて、読者の皆さんから山口弁について、いろんなエピソードを募集しました。
そこで!方言研究家でもある森川信夫さんに、皆さんから挙った疑問について直撃!
今回、第3回目のテーマは「この言葉も山口の方言だった!」です。
※第1回目はこちら
※第2回目はこちら
先日、月刊タウン情報トライアングル7月号の誌面にて、読者アンケートをしたところ、「方言だと知らなかった言葉」がいろいろあがりました。
「たう・たわん」、「やぶれる」、「えらい」、「ぶち」、「すいばり」など…。
実は山口県民が当たり前に使っている言葉でも、他県では通じないことが、多々あるようです。
その代表的な言葉をピックアップし、語源や由来について、森川先生に解説していただきました。
※「えらい」「ぶち」につきましては、第1回目でご紹介させていただきましたので、そちらをご参照ください。
「やぶれる(破れる)」
標準語でも使われる言葉ですが、山口県民が使う場合、若干ニュアンスが異なります。
山口弁での使い方→「テレビが破れる」(テレビが壊れる)
つまり山口県で言う「破れる」は、「機能が損なわれる。故障する」という意。
他県の方には驚かれることも多い表現です。
しかし実は元来の標準語は、
(1)「物の形が壊れる。布や紙がさける」などの意味のほかに、
(2)「物事の機能が損なわれる。物事がだめになる。それまでの状態が失われる」という意味も持つ言葉です。
それが次第に(2)は、家電製品や自動車など、形がある物の機能が損なわれることについてはあまり用いられなくなり、方言化していったという訳です。
ちなみに(2)の「物事がだめになる」という意味合いでは、「夢が破れる」「恋が破れる」などの表現は、現在も標準語として用いられていますね。
「たう」…「届く。達する」の意。
山口県では、「手がたう」「背がたわん」といった形で、今も子どもから大人までの幅広い年代層で、当たり前に使用されている方言です。
下に助詞の「て」や助動詞の「た」が付く場合は、「とーて」「とーた」という発音になります。
「たう」の語源については、「手(て)」の本来の語形である「手(た)」が動詞化して、「たう」になったのではないかと考えられます。
「手向け(たむけ)」「手綱(たづな)」なども「た」で発音しますしね。
「手(た)」の後に、動詞化する接尾語「ふ」がついてできた古語「手(た)ふ」の現代語形が「手(た)う」。
つまり「たう」についても、奈良時代ごろまでは中央語(標準語)だったのではないか、と考えられます。
「せんない(詮ない)」…山口弁では、「つらい。気持ちが苦しい。やるせない」という意。
一方、標準語の「せんない(詮ない)」は、「しても手遅れだ。しても無意味だ。する甲斐がない」という意。
「今更言っても、せんないことである」「計画したところで、全くせんないことだ」などと、使われています。
またテレビの時代劇などで、「せんなきことを仰せられるな」などという台詞が聞かれたりもします。「せんない(詮ない)」の「詮」は、本来「物事の道理の帰着するところ」を表し、この意味が発展して「効果。甲斐」という意で使われるようになったようです。
つまり、山口弁の「せんない」は、本来の語意から、派生したものだと思われます。
山口県のほぼ全域で使われる「すいばり」。
標準語で言えば、「とげ。指などに刺さる木や竹の裂片・細片」。
そう、こちらも方言という認識をされていない方も多い言葉です。
「すいばり」の語源は、2つ推測されます。
1つは、「とげ」を「針」に見立てた連想から、「薄い針(うすいはり)」が転じたもの。
もう1つは、指に刺さった「とげ」、つまり「針」を抜き取るときに、口で吸いだしていたことによる「吸い針(すいばり)」ではないか、と考えられます。
「おーちゃく(横着)」。
普通に標準語のように思われますが、山口弁の使い方と標準語の使い方とではニュアンスが違います。
標準語「おうちゃく」
…楽をして事を済まそうとすること、すべきことをしないで怠けること、などの意。
使用例→「横着をして怠ける」「横着なやり方」
山口弁「おーちゃく」
…生意気なこと、横柄なこと、口答えすること、などの意。
使用例→「何もできんくせに、横着なこと言うな」
(何もできないくせに、生意気なことを言うな)
「横着たれんな」(口答えするな)
「あねーな横着な態度をとっちゃー、いけんのー」
(あんな横柄な態度をとっちゃ、いけないなぁ)
どうでしょう?確かに、意味合いが違いますよね。
山口県民の皆さん、「生意気」という意の「横着」が方言だという認識がありましたか⁉
筆者は、山口弁だということを、今まで考えたこともありませんでした…。
ちなみに、「なおす(直す)」「みやすい(見易い)」も、標準語とはニュアンスが違う、山口弁としての使い方があるそうです。
「直す」
標準語…「修理する。正しく改める」
山口弁…「しまう。片づける」
「見易い」
標準語…「見るのに具合が良い。筋道が立っていて理解しやすい」
山口弁…「たやすい。簡単である」
ちなみに、森川先生ご自身にも、お好きな山口弁についてお伺いしてみました。
(1)「幸せます」(助かります。幸いです)
「幸せる」という山口弁の動詞の連用形に「ます」がついたもの。
(2)「ご心配です」(お世話様です)
敬意と感謝の気持ちを込めた挨拶言葉。
もともと「心配」という言葉は、「こころくばり」に当てた漢字を音読みして使われるようになったもの。
「気がかり。不安」の意で使われるようになったのは、幕末の頃からだそうです。
『語源をたどっていくと、人の想いや歴史が見えてきます。方言は、地域の文化を代表する「誇り」。方言を大切に使っていきたいですね。』と森川さん。
そんな風にお話をお伺いすると、「幸せます」「ご心配です」のように、山口県に、やさしい方言が息づいていることは、とても嬉しいことだと改めて実感しました。
またこれからも、山口県民のみなさんで「山口の方言」について、ぜひ語り合いましょう!
取材協力/
山口県方言研究家 森川信夫さん
防府市生まれ。防府高校卒業、早稲田大学第一文学部日本文学専攻を卒業後、防府市立防府図書館に勤務。2019年3月まで10年間館長を務める。
山口県方言研究の第一人者で、「やまぐち方言帳」、「面白くて為になる山口弁よもやま話」、「山口県方言基本発音体系」など、山口の方言に関する著書は多数。また、山口県が舞台となった映画「ほたるの星」「長州ファイブ」「マイマイ新子と千年の魔法」などの方言指導も担当。
現在は、別府大学・九州国際大学・広島文教大学・山口県立大学・山口大学の非常勤講師(図書館情報学)、講座・講演会の講師の他、KRYラジオ「モーニング+」で山口弁のコーナーを担当(毎週木曜7:28~6分間)するなど、各種メディアでも活躍中!